本 堂

鐘楼堂

 当院は、室町時代に善通法印により開創されたが、その開創年月日は正式の記録が残されていないため、開山和尚、善通法印の没年である永禄三年をもって開創としている。
 本尊は現在は十一面観音であるが、安政三年の本堂焼失前は不動明王であったという。現存する元禄期間眼と記された不動明王立像が、その本尊仏であるかどうかは判然としない。
 現本尊、十一面観音観音座像は鎌倉期の運慶の作と古い石柱に刻まれているが、本院と大倉山駅との中間の山麓に位置していた飛地境内の観音堂に安置されていたものを、火災後、観音堂ともども本境内に移したものである。
 明治三十年に本堂を再建後は、仮本堂となっていた旧観音堂を庫裡として永年使っていたが、昭和四十八年庫裡・客殿の新築に伴い解体された。

 昭和五十九年御遠忌記念として再建されたものである。
 旧鐘楼堂は現存の山門ともども安政大火の跡を柱にとどめる芽葺きのものであったが、響きが良く近在の人々に親しまれていた梵鐘が戦時供出されるに及び、戦後間もない頃、キャサリンと名付けられた台風により倒壊してしまった。

概 要
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